はじめに:冬山で「水」をナメてはいけない
こんにちは、ポレポレです。
冬山シーズン真っ只中ですね。みなさん、冬の装備準備は万全でしょうか?
アイゼン、ピッケル、ハードシェル……高価なギアにお金がかかる時期ですが、意外と後回しにされがちなのが「水筒(ボトル)」です。
「冬は汗かかないし、夏みたいにガブガブ飲まないから、適当なペットボトルでいいや」
「夏に使ってるハイドレーションをそのまま流用しよう」
もしそう思っているなら、ちょっと待ってください!
元ショップ店員として、あえて強い言葉で言わせてください。その考え、遭難予備軍です。
冬山において、水分補給は単なる「喉の潤し」ではありません。
血液を巡らせ、体温を維持し、凍傷から指先を守るための「生命維持活動」そのものです。
適切なボトルを選び、適切なシステムで運用しなければ、気づかないうちにパフォーマンスが落ち、最悪の場合、手足の感覚を失うことになります。
今回は、冬山の永遠のテーマである「サーモス vs モンベル」論争に終止符を打ちつつ、プラスチックボトルの代名詞「ナルゲン」を極寒の世界で使い倒す裏技、そして私がたどり着いた「究極の水分補給システム」について、徹底的に解説します!
なぜ冬に脱水するのか?「かくれ脱水」の恐怖

装備の話に入る前に、敵を知りましょう。なぜ、寒くて汗もかいていない(と感じる)冬山で、私たちは脱水するのでしょうか?
ここには、冬特有の3つの罠が仕掛けられています。
① 呼吸が水分を奪う「不感蒸泄(ふかんじょうせつ)」
冬の山、空気が乾燥していますよね。気温0℃、湿度30%なんてザラです。
私たちがこの冷たく乾いた空気を吸い込むとき、人体は肺を守るために、鼻や喉の粘膜を使って空気を体温近く(約37℃)まで温め、湿度100%に加湿してから肺に送り込みます。
そして息を吐くとき、あの白い呼気として、加湿した大量の水分を体外に捨てているのです。
ハイクアップで息が上がれば上がるほど、あなたの体は高性能な加湿器としてフル稼働し、リットル単位の水分を大気中に放出しています。これが「不感蒸泄」です。
汗を一滴もかいていなくても、呼吸をするだけで水筒の水は体から抜けていっているのです。
② トイレが近くなる「寒冷利尿」
寒いとトイレに行きたくなりますよね。あれにも理由があります。
人体は寒さを感じると、体温を逃がさないように手足の末梢血管をギュッと収縮させます。
すると、行き場を失った血液が体の中心部(コア)に集まります。
心臓や腎臓は、急に血液量が増えたことを感知して「おっ、体内に水が余ってるな? 排出しろ!」と勘違いして指令を出すのです。
これを「寒冷利尿」と言います。実際には水分は足りていないかもしれないのに、身体の防御反応が強制的に脱水を加速させてしまう。なんとも厄介なシステムです。
③ 脳が「渇き」を感じない
これが一番怖いです。寒さは、脳の「喉が渇いた」というセンサーを鈍らせます。
夏なら少し動けば「水飲みたい!」となりますが、冬はそのサインが出ません。
自覚症状がないまま水分が失われると、血液中の水分が減り、血がドロドロになります(粘度上昇)。
ドロドロの血液は、細い毛細血管、つまり「指先・足先」まで届かなくなります。 冬山で手足が冷たいのは、外気のせいだけではありません。脱水によって温かい血液が届かなくなっていることが、凍傷の直接的な引き金になるのです。
だからこそ、冬山では「喉が渇く前に飲む」のではなく、「時間を決めて、強制的に飲む」という意識改革が必要です。そしてそれを実現するためには、ストレスなく飲める「優秀なボトル」が不可欠なのです。
最強の保温ボトル決定戦:サーモス vs モンベル

極寒の稜線で、カップ麺を作るためのお湯。あるいは、冷え切った体を内側から温める甘い紅茶。 これらを持ち運ぶための「魔法瓶」は、冬山装備の要です。
現在、日本の冬山では「サーモス(THERMOS)」と「モンベル(mont-bell)」の二強時代が続いています。 店頭でお客様から「どっちがいいの?」と何百回聞かれたか分かりません。
改めて、両者のスペックと特徴を比較してみましょう。
絶対王者:サーモス「山専用ボトル(FFXシリーズ)」

長年、登山者の信頼を一身に背負ってきたのがサーモス。「山専(やません)」の愛称で親しまれています。
- グリップ力という名の安心感 最大の特徴は、ボディ上部に巻かれたシリコン製の「ボディリング」です。 分厚いウールグローブやオーバーミトンをしていると、手先の感覚はほとんどありません。ツルツルのステンレスボトルなんて、恐怖で掴めません。 サーモスのリングは、ゴムの摩擦力でガッチリとグローブに食いつきます。疲労困憊の山頂で、震える手でお湯を注ぐとき、このリングの存在感にどれだけ救われたか。
- 岩場も怖くない「ソコカバー」 底部にもシリコンカバーが付いています。岩場にガツンと置いても衝撃を吸収し、不快な金属音も防ぎます。 実は魔法瓶の弱点は「底」なんです。底が凹むと真空層が破壊され、ただの重い金属筒になってしまいます。このカバーは、ボトルの寿命を物理的に延ばしてくれます。
- ダブルスクリューせん 中栓が二重構造になっており、少し回すだけで注ぎ口が開きます。ハチミツ入りの紅茶など、粘度の高い飲み物を入れても詰まりにくく、分解して洗いやすいのも特徴です。
革命児:モンベル「アルパインサーモボトル」

後発ながら、その圧倒的なコスパと軽量性でシェアを奪い取ったのがモンベルです。
- 軽さは正義 ステンレス鋼板を極限まで薄く延ばす技術により、驚異的な軽さを実現しています。0.9Lモデルで比較すると、サーモス(390g)に対し、モンベル(380g)。「たった10g?」と思うかもしれませんが、手に持ったときの重心バランスが良く、数字以上に軽く感じます。
- 六角形の内栓 モンベル最大の発明がこれです。内栓の形状を「六角形」にしました。 円形の内栓は、凍りついたりグローブをしていると滑って回しにくいことがありますが、六角形ならレンチのように角に力をかけられるため、握力が死んでいても指の掛かりだけで開けられます。これは現場を知り尽くしたモンベルならではの工夫です。
- 圧倒的なコストパフォーマンス 性能はサーモスと互角なのに、価格は2〜3割安い。浮いたお金で美味しいフリーズドライ飯が2つ買えます。
元店員が下す「どっち買い?」の結論
スペック表(保温効力など)を見ると、実はモンベルがわずかに上回っていることもありますが、実地テストでは誤差の範囲(±1〜2℃)です。
どちらも6時間後にカップ麺が作れる80℃以上をキープします。
選ぶ基準はこうです。
- サーモスを選ぶべき人: 「道具の扱いに自信がない」「岩場によく行く」「絶対に落としたくない」人。 あのゴツいシリコンパーツによる防御力とグリップ力は、やはり安心感が違います。
- モンベルを選ぶべき人: 「1gでも軽くしたい」「コスパ重視」「六角栓の操作性に惚れた」人。 シリコンがない分スリムなので、ザックのサイドポケットへの出し入れがスムーズなのもメリットです。(※現在は別売りのシリコンカバーを装着してグリップ力を強化することも可能です)
個人的には、「900mlモデルならサーモス(グリップ重視)、500mlモデルならモンベル(軽さ重視)」という使い分けをおすすめしています。
ナルゲンは冬山でゴミになるのか?
「保温力のないプラスチックボトルなんて、冬山じゃ凍って割れるだけじゃない?」 そう思っている方、半分正解で半分間違いです。
実は、冬山のベテランほど「ナルゲンボトル(広口)」を手放しません。なぜなら、真空ボトルにはできない「重要な仕事」があるからです。
凍結の物理学と「逆さ保存」の裏技
水は0℃で凍りますが、ボトルの中でどう凍るかご存知ですか? 水は凍ると比重が軽くなるため、氷は水面に浮きます。ボトルを立ててザックに入れていると、寒気にさらされた上部から冷え、飲み口付近に「氷の栓(アイスプラグ)」ができてしまいます。
こうなると、下にたっぷりと液体の水が残っているのに、氷が邪魔をして一滴も飲めない……という悲劇が起きます。
これを防ぐ物理学的な裏技が「ボトルを逆さまにして携行する(Upside Down)」ことです。
- ナルゲンボトルを逆さまにして、ザックのサイドポケットに入れる。
- 氷は物理法則に従い、ボトルの「底(上側)」に浮き上がろうとする。
- 飲み口(キャップ部分)は「下側」になるため、常に液体の水と接している。
- いざ飲もうとしてボトルを正位置に戻すと、氷は再び上(水面)へ移動する。
- 飲み口は凍っていない!飲める!
この技は、パッキンを使わずにプラスチックの弾性だけで驚異的な気密性を保つ、ナルゲン独自のキャップシステムだからこそ可能な荒技です。
100均のボトルでやるとザックの中が大洪水になるので注意してください。
夜のテントの救世主「湯たんぽ」活用術
ナルゲンボトルの本体素材(Tritan樹脂)は、耐熱温度100℃です。 これ、実はものすごいスペックなんです。沸騰した直後の熱湯を、そのままドボドボと注ぎ込めるということです。
テント泊や避難小屋泊の夜、雪を溶かして作った熱湯をナルゲンに入れ、厚手のウールソックスやタオルで包んでください。 これをシュラフ(寝袋)の中に放り込むと、一晩中温かい最強の「湯たんぽ」になります。
- メリット1: 凍えそうな足元や、太い血管が通る股の付け根を温めることで、安眠を約束します。
- メリット2: 翌朝には、凍結していない「程よいぬるま湯」が手元に残ります。 朝一で雪を溶かす作業は時間も燃料も食いますが、このぬるま湯を使えば、朝のコーヒーやアルファ米の調理が一瞬で終わります。
真空ボトルでは熱が外に逃げないため、この「暖房器具」としての使い方はできません。熱を外に伝えるプラスチックだからこそできる、冬の夜の贅沢です。
ハイドレーションが冬山で「使用禁止」な理由
夏山では便利なハイドレーションシステム(プラティパス等のチューブ吸水式)ですが、冬山では「上級者向け」というより「自殺行為」に近いです。
理由はシンプル。「チューブ内の水が瞬時に凍る」からです。
背中のリザーバー本体は体温で守られていても、外気に露出した細いチューブは無防備です。マイナス10℃の世界では、ものの数分でカチコチに凍りつきます。
「飲んだ後に息を吹き込んで、水をリザーバーに戻せばいい(ブローバック法)」というテクニックもありますが、これは諸刃の剣。 呼気に含まれる湿気がバルブ内で凍りつき、今度はバルブが詰まって水が出なくなります。
2リットルの水を背負っているのに、一滴も飲めずに脱水症状で行動不能……なんてことになったら目も当てられません。
冬山、特に森林限界を超えるような山行では、潔くハイドレーションは家に置いていきましょう。
結論:最適解は「ハイブリッド運用」にあり
ここまで読んでいただければ分かる通り、サーモスにもナルゲンにも一長一短があります。 どちらか一本に絞る必要はありません。「2本持ち(ハイブリッド)」こそが、最もリスクが低く、かつ快適なシステムです。
私が推奨するセットアップはこれです。
① 守りの要:サーモス FFX-901(0.9L)
- 中身: 熱湯(または沸騰させたお湯で作った濃いめの紅茶)。
- 場所: ザックのメイン気室。
- 役割: 昼食のカップ麺調理用、非常時の熱源確保。 基本的には休憩時まで取り出しません。開閉回数を減らすことで、保温性能を最大限に維持します。
② 攻めの要:ナルゲンボトル 0.5L(広口)
- 中身: 人肌程度のぬるま湯、またはスポーツドリンク。
- 場所: ここが最重要!「ジャケットの内ポケット(懐)」に入れます。
- 役割: 行動中のこまめな水分補給。 ザックのサイドポケットではありません。ウェアの内側、体温が伝わる場所に入れるのです。 これを「懐(ふところ)ボトル」と呼びます。
このシステムの何が最強かというと、「ザックを下ろさずに、即座に飲める」ことです。 ジッパーを少し下げて、懐からナルゲンを取り出し、一口飲む。所要時間15秒。 これなら、強風の稜線でも億劫がらずに給水できます。しかも、自身の体温で保温しているため、中身は絶対に凍りません。むしろ、温かいボトルがカイロ代わりになって胸元を温めてくれます。
番外編:冬山で飲むべき「最強ドリンク」レシピ
最後に、ボトルに入れるおすすめの中身を紹介します。 真水は0℃で凍りますが、糖分や電解質を溶かした水溶液は凝固点が下がります(凝固点降下)。つまり、「味のついた水は凍りにくい」のです。
- ハニージンジャーティー
- 作り方: 紅茶パック + すりおろし生姜(チューブでOK) + たっぷりのハチミツ。
- 効果: 生姜の成分(ショウガオール)が深部体温を上げ、ハチミツの糖分が即効性のエネルギーになります。冬山のド定番です。
- ホット・スポーツドリンク
- 作り方: 粉末のスポーツドリンクを、規定より濃いめにお湯で溶く。
- 効果: 意外といけます。温かいポカリやアクエリアスは、胃腸への吸収が早く、失われた電解質を瞬時に補給できます。酸味があるので疲れた体にも飲みやすい。
- 甘酒(アルコールなし)
- 効果: 「飲む点滴」と呼ばれるほどのアミノ酸とブドウ糖の塊。ドロっとしているので冷めにくく、腹持ちも良い。豆乳で割るとさらにマイルドで飲みやすくなります。
まとめ
たかが水筒、されど水筒。
冬山におけるボトルの選択は、あなたの命を守る「リスクマネジメント」そのものです。
- 熱源確保の「サーモス」
- 機動力と湯たんぽの「ナルゲン」
- 行動中の「懐ボトル」
この3段構えのシステムを構築すれば、どんな過酷な冬山でも、温かい水分があなたの心と体を支えてくれるはずです。
「サーモスのお湯で作ったカップヌードル、最高に美味かったな」 そんな冬山の思い出を作るために、ぜひ次回の山行からこのシステムを試してみてください。
それでは、安全で素晴らしい雪山ライフを!



