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セブンサミット(七大陸最高峰)の基本情報、豆知識

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ぽれとり

登山歴10年。海外20か国。東京でサラリーマンとして働きながら、休暇を使って海外の山を歩いてきました。キリマンジャロ、ネパール、パタゴニア、ニュージーランドなど、これまで訪れた海外トレッキング先での経験をベースに、装備選びから現地手配、費用感まで、実用的な情報を発信しています。モットーは「世界を歩く。現役の、今この瞬間に」。仕事を続けながら、それでも世界の山に行きたい人へ。

「セブンサミット」という言葉を、登山に詳しくない人でも一度くらいは耳にしたことがあるのではないでしょうか。世界の七つの大陸、それぞれの最高峰をすべて登り切るという挑戦の総称です。

世界最高峰のエベレストはもちろん含まれますが、それだけではありません。アフリカの草原に独立してそびえるキリマンジャロ、南極大陸のヴィンソン・マシフ、南米アンデスの最高峰アコンカグア。場所も気候もまったく違う七つの山を、一人で登り切る。これがセブンサミットの全体像です。

この記事では、そもそもセブンサミットとは何なのか、なぜ「七つ」なのか、どんな山が含まれていて、誰が、いつ、どのように達成してきたのかを整理してみました。

セブンサミットとは何か

セブンサミット(Seven Summits)は、文字通り訳せば「七つの頂」。地球上の七大陸それぞれの最高峰、計七座を全部登るという登山者の目標を指す言葉です。

この概念を最初に世に広めたのは、アメリカの実業家ディック・バスとフランク・ウェルズという二人組でした。バスはテキサスのビジネスマンで、ウェルズは映画会社ワーナー・ブラザースの社長。二人はもともとそれほど登山経験があったわけではなかったとされます。それでも「七大陸の頂上に立つ」という目標を掲げて、1980年代前半に世界中を回りました。最終的にバスが1985年4月30日にエベレスト登頂を果たして、世界で初めてセブンサミット達成者となりました。

翌1986年、二人が共著で出した『Seven Summits』という本がベストセラーになり、この挑戦が一般にも広く知られるようになったと言われます。それまで登山界の専門用語だった「七大陸最高峰」が、「セブンサミット」という言葉で、登山以外の世界の人たちにも届くようになった、というのが大きな転換点だったようです。

注目したいのは、バス自身がプロの登山家ではなかったという点です。お金とガイドを使ってこの挑戦を可能にしたという批判もありますが、別の見方をすれば、彼の挑戦は「商業ガイド登山」という現代の高所登山スタイルの先駆けでもありました。今では多くの一般人がエベレストやキリマンジャロにガイド付きで登っていますが、その流れの源流の一つがバスのセブンサミットだったとされています。

ちなみに地球の最高峰を全部、というだけならヒマラヤの8,000m峰14座完登のほうがずっと過酷で、登山者からの評価も高いと言われます。それでもセブンサミットが広く愛されるのは、「世界を一周する」という地理的なスケール感と、「一つの大陸につき一つ」という分かりやすさが理由だろうと思います。

「七つ」とは限らない——バスリストとメスナーリスト

セブンサミットには、実は二つの公式バージョンがあります。これがちょっとややこしい。

問題になるのは、「オーストラリア大陸」の扱いです。バスのリストでは、オーストラリア本土の最高峰であるコジオスコ(2,228m)を七座目に入れていました。ところがコジオスコは、登山というより観光に近いハイキングコースで、頂上近くまで車で行ける場所です。標高もたった2,228m。エベレストの8,849mと並べるには、明らかにスケールが違いすぎます。

これに異を唱えたのが、イタリアの伝説的登山家レインホルト・メスナーと、カナダの登山家パット・モローでした。彼らは「オーストラリア大陸ではなく、より広いオセアニア(オーストララシア)で考えるべきだ」と主張し、その最高峰であるカルステンツ・ピラミッド(4,884m、インドネシア・パプア州)を七座目に入れました。こちらは石灰岩の急峻なロッククライミングを伴う、本物の山岳遠征の対象になる山です。

結果として、現在「セブンサミット」と呼ばれるリストは二つ並存しています。

バスリスト(オーストラリア版):
エベレスト、アコンカグア、デナリ、キリマンジャロ、エルブルス、ヴィンソン・マシフ、コジオスコ

②メスナーリスト(オセアニア版):
コジオスコをカルステンツ・ピラミッドに置き換え

登山家の世界では、技術的に難しいメスナーリストのほうを「本物」として扱う人が多いと聞きます。一方で、両方の山を登って八つの頂を踏破する「セブンサミット・プラス」を目指す人もいて、これが事実上のスタンダードになりつつあるという話もあります。

ヨーロッパの最高峰についても、似たような議論があります。一般的にはコーカサス山脈のエルブルス(5,642m、ロシア)が採用されますが、「コーカサスはアジアではないか」とする立場もあって、モンブラン(4,810m、仏伊国境)を入れる版も過去には存在しました。結局のところ、大陸の定義そのものが地理学的に曖昧な部分があり、そこに人間の解釈が乗ってくる、というのが実情のようです。

七つの山をざっと巡ってみる

それぞれの山がどんな場所なのか、簡単に見ていきます。

①エベレスト(8,849m・アジア)
ネパールとチベットの国境にそびえる世界最高峰。1953年にヒラリーとテンジンが初登頂しました。セブンサミットの中でも標高は突出しており、酸素濃度は平地の3分の1。「デスゾーン(死の地帯)」と呼ばれる8,000m以上の領域で過ごす時間が、人体への最大の負荷になります。

アコンカグア(6,961m・南米)
アルゼンチンのアンデス山脈にあり、南半球と西半球の最高峰。技術的には難しくない「歩いて登れる山」とされますが、強風と高度のせいで撤退率は約70%。約3週間の遠征になります。

デナリ(6,190m・北米)
アラスカ州。旧名マッキンリー。標高は3番手ですが、北極圏に近く、夏でも極寒。氷河を渡る技術と、60kgを超える装備を自分で運ぶ自給自足のスタイルが求められます。「セブンサミットで最も体力を要求される山」と語る登山家も多いと聞きます。

キリマンジャロ(5,895m・アフリカ)
タンザニア。世界最大の独立峰(他の山に連なっていない単独の山)で、サバンナの中に氷河を頂いた火山が突き出る独特の景観があります。技術登攀は不要で、6〜8日のトレッキングで頂上に立てる山。セブンサミットへの入り口として選ばれることが多い一座です。

エルブルス(5,642m・欧州)
ロシアのコーカサス山脈にある休火山。東峰と西峰の双耳峰で、西峰のほうが高い。標高の割に氷雪が多く、悪天時の遭難が毎年起きていると言われます。約1週間の遠征。

ヴィンソン・マシフ(4,892m・南極)
標高は4,892mとそれほど高くはないものの、南極大陸の最深部にある最も到達困難な山。チリのプンタアレナスから極地用輸送機で南極大陸に飛び、さらに小型機を乗り継いでベースキャンプへ。費用は3万〜10万ドル超と、エベレストに次ぐ規模になります。

コジオスコ(2,228m・豪) / カルステンツ・ピラミッド(4,884m・オセアニア)
バスリストとメスナーリストで分岐する七座目。コジオスコはハイキングで頂上に立てる山、カルステンツは石灰岩のロッククライミングを要する技術的な山。同じ「七座目」とは思えないほど性格が違います。

達成してきた人たち

セブンサミットを史上初めて達成したのは、繰り返しになりますが1985年のディック・バス(米)です。バスリスト版での記録になります。一方、メスナーリスト版の初達成は、その翌年の1986年、カナダ人のパット・モローによるものでした。

その後、女性として世界で最初にセブンサミットを完登したのが、日本人の田部井淳子さんです。1992年6月28日にカルステンツ・ピラミッドに登頂して、メスナーリストでの完登を達成しました。田部井さんはこれより前、1975年に女性として世界初のエベレスト登頂者にもなった人で、生涯で76か国の最高峰や最高地点に登ったと記録されています。2016年に他界するまで、海外登山と山岳環境保護の活動を続けました。

最年少記録は、アメリカ人のジョーダン・ロメロが2011年12月、15歳5ヶ月で達成したもの。彼は9歳のとき小学校の廊下で見た七大陸最高峰の壁画に触発されて挑戦を始め、13歳でエベレスト、15歳でヴィンソン・マシフ登頂と最後の一座を踏みました。中国側からの登頂だった理由は、ネパール側が18歳未満に許可を出さないためだったそうです。彼のエベレスト登頂後、中国側も16歳未満の登山許可を出さなくなり、この記録は事実上更新困難になったと言われます。

最速記録は、2018年にオーストラリア人のスティーブン・プレインが達成した117日6時間50分。エクスプローラーズ・グランドスラム(七大陸最高峰+南北両極点)を世界最年少で達成したのは、日本人の南谷真鈴さんで、20歳112日の記録です(2017年)。彼女は2016年7月のデナリ登頂で日本人最年少19歳11ヶ月のセブンサミット完登を達成し、翌年に北極点到達でグランドスラムまで踏み込みました。

日本人セブンサミッターは、田部井さん、野口健さん(1999年、当時25歳で世界最年少だった時期がある)、渡辺玉枝さん、渡辺大剛さん、南谷真鈴さんなど。2011年時点では、世界で約348人が達成しているとされます。

セブンサミットという挑戦が意味するもの

セブンサミットの面白さは、難易度と費用の幅が異常に広いところにあると思います。

最も簡単とされるコジオスコは、片道数時間のハイキング、費用は数百ドル程度。一方でエベレストは、商業遠征の標準パッケージで6〜10万ドル、長期化すれば16万ドル超。ヴィンソン・マシフも南極輸送費が乗るので、最高クラスは10万ドルを超えます。

技術的にも、キリマンジャロのように「歩いて登れる」山から、カルステンツ・ピラミッドのように本格的なロッククライミングを要する山まで、要求されるスキルがバラバラ。エベレストは標高、デナリは寒気と自給自足、ヴィンソン・マシフは僻地ロジ。それぞれが違うタイプの「難しさ」を持っています。

このため、セブンサミットを目指す人は通常、易しい山から順番に経験を積んでいきます。よく言われるルートは、キリマンジャロでまず高所トレッキングを体験し、エルブルスでアイゼンとピッケルの基本技術を学び、アコンカグアで6,000m帯と長期遠征を経験する。そこからデナリやヴィンソン・マシフで自給自足型の遠征に進み、カルステンツ・ピラミッドでロッククライミングを習得し、最後にエベレストで仕上げる、という流れです。完登までは通常2〜10年。一座あたりの費用と日数を考えると、人生のかなりの部分を投じる挑戦になります。

近年では「セブンサミットは陳腐化した」という批判的な見方もあると聞きます。商業ガイドのインフラが整い、お金と時間があれば達成できるようになってきた、というのが理由のようです。実際、より過酷な目標として「セブン・セカンド・サミット(各大陸の第2位の山)」や、ヒマラヤ8,000m峰14座完登、エクスプローラーズ・グランドスラム(七大陸+両極点)などが、登山界の新しい目標として語られています。

それでも、地球を一周しながら七つの大陸の頂に立つというビジョンは、登山未経験の人にも届く、わかりやすいスケール感を持っています。バスとウェルズが思いついた1980年代のアイデアが、40年経った今も人を動かし続けている。これがセブンサミットという挑戦のしぶとさなのではないかと思います。

セブンサミットは、登山の世界の中でも特に「物語性」を帯びた目標だと感じます。標高だけ、難度だけで山を選ぶのではなく、「七つの大陸を一つずつ」というシンプルなルールで世界を区切る発想。その単純さが、登山経験のない人にも届く強さを持っているのだろうと思います。